幼稚園の遠足で、今回初めて訪れたのは
舞岡公園。以前あの有名な「
ちい散歩」でも
取り上げられた場所。周辺は宅地開発が進み、大規模な団地群が広がる中で、横浜市営地下鉄舞岡駅を降りた途端、「本当に横浜か?」と目を疑うような谷戸が広がる。それが舞岡公園だ。
幼稚園の教師たちと公園をぐるっと散歩する。わたしにとっては子どもの頃過ごした風景。田んぼの畦道やウシガエルが鳴く蒲の穂並み。その畦には昔、部活でランニング途中に渇きを癒したスイバが生えている。丘の斜面には食べるには少し早い桑の木や、食べるにはちょっと遅くなったモミジイチゴが実をつけていた。食べたことがないという若い教師たちにスイバやモミジイチゴを無理矢理食べさせる。園長を信頼しろってば。
キイチゴを食べたいばっかりに棘に刺されたり、ひっかき傷をつくったこと。桑の実を食べておなかを壊して、もう食べるなと言い聞かせられたがそれでも盗み食い。上手く誤魔化したつもりが舌が紫に染まってばれちゃったことなど、子どもの頃暗くなるまで野原で遊び回った日々を懐かしく思い出した。そして、都会の子どもたちはそういうチャンスに恵まれないこともまた、先生たちを見ると良くわかった。
普段の遊びの中で攻撃性を発揮するような子どもたちも、もちろんそうではない子どもたちも、この日はなんだかのんびりと落ち着いている。園庭に響く泣き声も今日は聞かない。広々した風景の中で自由に走り回るただそれだけが──遊具があるわけでもない、自販機すらないこんな場所で──これほどまでの充実感を子どもたちに与えるのだという素朴な真実が見える。
小一時間でまた元の喧噪の中に戻ってくるのだが、そうか、この子たちはその気になれば両方を味わえるのだな、と思い返すのだった。待てよ、喧噪を一番欲しているのはひょっとして…?
講演会の講師としておいでくださった
小風さちさんは、柔らかい物腰の中に、好奇心がきらきら光っている方だった。
教会玄関から三階にお連れする時に、ちらりと見えた園庭にとても興味を惹かれたご様子。砦や塔(正式名称は「とことこ」)に目を輝かせておられた。
「ご自分のお子さんに毎日着色料や甘味料の入った食べ物をたっぷり食べさせたいとは思わないでしょう。言葉も同じです。」と語り始められた講演の中では、ご自身の絵本が生まれるまでのお話しや、聞いたままを表現する「擬音」のことなど興味の尽きない話題が満載だった。
その後の質疑応答の時間に、会場のお母さんから「先生の一番好きな絵本は何か」と問われ、ちょっとはにかみながら「
ゆきちゃんのせかいりょこう」という絵本を紹介された。調べてみたら「こどものとも」の1960年11月号だった。父である松居直さんが編集に当たられた本だったという。「いまでも枕の下に入れて寝たいくらい好き」と仰り、柔らかい物腰に似つかないほどの大きな思い出し笑いをされた。その声をマイクがしっかり拾うと、ほっぺを真っ赤にされて「恥ずかしい…」と恐縮されていた。
まもなくお孫さんが生まれるという方が、恐らく幼少の頃に出会った一冊の月間絵本を大切にされていて、講演中にも関わらず思わず思い出し笑いを漏らしてしまうほど没頭できる「絵本の世界」の奥深さを知らされた気がする。「一冊の本との出会い」など、読書週間か書店のキャッチコピーのようでどこか空々しい思いもなくはないのだが、こうして実際に絵本の世界・言葉の世界に携わる方が確かに一冊の本──それもいわば薄っぺらい月間絵本なのだが──と生涯懸けて出会うことの出来る世界が確かにあるということなのだ。
揺るぎない橋をつくる。向こうの世界とこっちの世界の間に。それが絵本だと仰る小風先生。そよ風のように爽やかな時間を残してくださった。
竜巻・突風やら突然の降雹・雷雨など、荒れ模様のウィークディを過ごして土曜日は、北風がひんやりとする朝を迎えた。今日、園庭では川崎しょうわ「おやじの会」主催の移動動物園、わたしは川崎中学校の体育祭だ。
PTAの仕事の一つに「地域との交流」がある。従って会長は、例えば中学校の体育祭にも御祝儀を持って挨拶に出向く。今回は小学校に立ち寄って、校長・新任の教頭・教務主任と4人揃って伺った。ちょうど木曜日にPTA運営委員会があって、小学校の運動会(26日)に向けて様々細かい打合せを終えたところだったので、中学校の体育祭も、競技はもとより運営の方にも気が向いた。
さすがに中学生ともなると、運営もほとんどが生徒自ら仕切っている。中学生らしい恥じらいやかったるさ(!)も垣間見られはしたが、なかなかがんばっているなぁという感じ。競技も純粋に「体育」に重点が置かれている分すっきりしているし、昼食も生徒と家族は別だからか、「お祭り」気分は少ないかも知れない。当然小学校に比べ参観する親の数も少ない(我が家もそういえば昨年は見なかった)ので、特別にカメラ席を設ける必要もなさそうだ。小学校あたりだと場所取りやカメラ席が殺気立っているが、中学校はその辺ものんびりしている。
成長するとはこういうことなのだなぁ、としみじみ思った。そしてまただからこそ、小学校には小学校なりの、幼稚園には幼稚園なりの、置かれるべき重点項目があって、それに向かうための援助はどうあるべきかも、こうして見比べると良く理解できるように思う。「人の振り見て我が振り直せ」ではないが、比較することも必要な場面では大いに必要なのだろう。
帰ってくると園庭は大賑わい。子どもも大人もはるばるやって来た動物たちも、狭い園庭で楽しそうに過ごしている。これが頌和の姿だな。
昨日の大雨がウソのように晴れ渡った子どもの日。今日は川崎・鶴見地区のポトラック・パーティの日。そして夜には日本中の原発が止まってしまう日。
ポトラック・パーティの会場となる宿河原教会は南部線久地駅から15分ほど歩いて行った先。通りはまだ畑や果樹園がある長閑な地域。教会は向の丘工業高校の目の前。かつて石川牧師が存命の頃、この礼拝堂で学童保育をやっていて、神学生だったわたしは5年生最後の一夏を宿河原教会の実習で過ごした。だからかも知れないが、平屋の礼拝堂の屋根に立つ、建物に比べて異常に大きい十字架が見える度に、なんだかホッとする。
ポトラック・パーティは恐らく始まって7年ほどの歴史を持っている。例年冬には実行委員会を組織して準備にあたる。宿河原教会は小林牧師をはじめとして皆さん本当によく準備されてこの日を迎えられた。信号のある通りには看板まで設置してくださっていた。おおよそ40名ほどが集まって礼拝し、それぞれ持ち寄ったおいしいモノや、中庭で焼かれる焼きそばやチヂミを堪能し、それぞれの教会が準備した聖書クイズや音楽で楽しんだ。
連休の開催を巡っては毎年話題になるが、代替えの日もなかなか難しいことから今年も5月5日に定めた。今後も日程については検討され続けることだろう。ただ「子どもの日 ポトラック・パーティ」と名付けながら、年々子どもの参加が少なくなっているのは仕方ないのだが残念でもある。
そして今日夜11時をまわる頃には42年ぶりに原発ゼロの瞬間が巡ってくる。既に産業界などが再稼働への圧力を強めているが、むしろ「原発ゼロ」という現実からもう一度議論を組み立てていくべきではないか。始めに原発ありき/再稼働ありきの姿勢が不信感を増幅させたのだから。
目の前の子どもたちのそのまた子どもたちのさらにその子どもたちの代のさらに…。未来を見据えて決断できるのはわたしたちの幸いであり責任だ。