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No.534 教育に良くなかったかも

エッセイ「多摩川べりから」
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 「人はどうやって育ってきたと思いますか」と、いきなり講演会で最前列に座っていたお母さんが指された。4年ぶりに川崎頌和幼稚園においで下さった汐見稔幸先生の講演。
 「母親に育てられたし、自分の子どもたちも私を育ててくれている」とその母は答える。ところが汐見先生は「本当ですか?」と懐疑的。母親からは確かにたくさんの影響を受けてきただろう、でも、今の自分をこういう自分にしてきたのはいったい誰か、それは紛れもなく自分でしょう、と。もちろん周囲のたくさんの人たちからも──自覚的でもそうではなくても──人はたくさん影響を受けて育つ。ああいう人になりたい、こんなヤツにはなりたくない、様々な思いを感じつつしかし、「この道を」と決断したのは自分自身だ。であれば周囲の人間──その人に対して少しばかり先行する世代を生きる者たち──がなすべき務めは、その決断を尊重し、様々な道があるということを示してあげることではないか…。汐見先生はそのように仰ったのだった。
 このところ私たちの国の行く末に必ずや大きな影響を与えるであろうことが次々と国会の大人たちによって決められている。その決めるに至る道のりや、その途上で噴出する様々な疑惑、非難の応酬、さらには人格攻撃に至るまで、次から次と持ち上がる。わたしなどから見れば充分楽しめるエンターティメントだが、今自分育ちをしている世代もこの情報の波に晒されていることをどれだけ私は意識していただろうか。子育てがほぼ終わりかけ、そういった緊張感から完全に開放され、ただ面白がっているだけの姿を晒してしまった。ハズカシイ。それだけでなく、明日の世界を決めてしまうにしては決して教育的ではなかった気がする。リアルな厳しさの中にいる子どもたちなのに、大人が「いじめ」の手本をやって見せてどうする気?
 子どもたちはしっかり見ているんだ。これからはそのことに気を向けよう。
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