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No.538 親であることを考える

エッセイ「多摩川べりから」
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 毎日新聞に掲載された二つの記事が様々な論議を呼んでいる。
 一つ目は「もう少し大人に扱ってほしい」という19歳の女性に答えた劇作家で女優の渡辺えりさんのお答え、「自分が母親を嫌いになってはいけないという強迫観念から逃れてください。娘を自分の持ち物のように思い、いつまでも自立させずに縛ってしまう母親は誘拐犯と同じ、もう母親とは言えません。嫌っていいと私は思います。」。
 もう一つは「卒母のススメ」という特集に投稿された投書。「虫歯で苦労しないよう仕上げ磨きを欠かさなかったのに、今じゃ歯磨きしない男に」に始まり、読書・食事・エコ活動など子育ての中で取り組んだことが何も実を結ばなかったと綴り「卒親にあたって息子らにひと言。『努力が全く実を結ばない世界があるってこと、教えてくれてありがとう』」と締めくくられている。
 どちらもいろいろなことを考えさせられるものだった。先の汐見稔幸先生の講演が思い出される。先生は、人生を決めたのは自分であって周囲の人間は(親は筆頭)その決断を尊重してあげる必要があると話されたのだった。
 親とは何か。親子関係とは何か。もはやどうあるべきかでは語れない様々な病理を垣間見つつ、しかし、やはり半歩先を歩くものとして少なくとも自分はどうあるべきか、考えさせられるではないか。
 たまたま幼稚園の林間保育を終えて、たかが一泊だが子どもたちが親の元を離れ──文字通り「フリー」になり──、目ざめると隣に親ではなく友だちがいるという初めての、そして新鮮な体験をしているのをごく隣でまざまざと見つめてきて、この二つの記事が問いかけるものが目の前に確かにあるるということを、より実感させられたのかも知れない。
 「ただ普通に生きる」ということが、なんだかとてつもなく難しく、またなんとも甘美なもののように思えてくる不思議。
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