ようこそ、川崎教会へ

No.540 つながって繋がって

エッセイ「多摩川べりから」
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 日曜日の夕方、大坂鷹司牧師の娘さん百合子さんが亡くなった。
 急いで藤沢の病院を訪ね、病室で百合子さんの二人の息子さん、健一さんと康司さんにお目にかかり、今後のことを話し合った。百合子さんのお連れ合いの實さんが亡くなったときに世話になったという葬儀社に連絡し、ご遺体を葬儀社のホールに引き取ったのが夜10時近かった。
 月曜日に担当者との間でその後の日程を協議し、一つづつ段取りを詰めていった。火曜日には納棺。水曜日一日空けて27日木曜日18時から前夜式を、28日金曜日11時から葬儀をすることで準備を進めることとした。
 百合子さんが初めて川崎教会の礼拝に出席したのが2013年7月14日、次が28日だった。ちょうど4年前の今頃だったのだ。
 大坂鷹司牧師は神学生の頃から川崎教会で奉仕し、卒業後そのまま川崎教会の牧師となる。その後仙台の教会に転任し、やがて仙台キリスト教育児院の院長となり、以後児童福祉に専心される。百合子さんは仙台に移ってから生まれた。ところが生みの母であるとよさんは百合子さんが2歳の時に急逝する。晩年に鷹司牧師の足跡を辿り、「川崎の教会」を訪ねようとしたが、一体どこがその教会なのかわからなかった。キーワードは「大坂鷹司」。一緒に来られた健一さんが「大坂鷹司の娘」と紹介したときに「おぉ、あの大坂先生ですか」との答えを受けてようやくこの教会がそこだと確信したという。
 その後13年12月22日のクリスマス礼拝に参加され、翌14年12月24日のイヴ礼拝に出席したのが最後だった。いつも健一さんの隣にちょこんと座ってにこにこしておられた。ひょっとしたらこの教会に、ほとんど記憶のない生みの母とよさんの温もりを見出したのではなかったか、と妹の美沙子さんがしみじみ仰った。そうだったらわたしたちには望外の喜びだ。
 一連の葬りの儀式は、たくさんの出会いとたくさんの驚きで満ちていた。
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