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No.159 解放される場所

エッセイ「多摩川べりから」
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 入園式が終わり、幼稚園もいよいよ今週から本格的な新年度スタート。期待と不安をめいっぱい膨らませた子どもたちが、同じく期待と不安をひたすら押し隠す親たちに連れられ、見送られて、園舎に入ってくるわけだ。春の園児玄関はなかなかドラマティックだ。  10日の土曜日、幼稚園の本格始動を前に、園庭開放が行われた。主に小学生を対象に、幼稚園の庭で思いっきり遊んでもらう。つい先日卒園していった子どもたちを主力に、大勢がやってきた。  彼らが園庭で遊んでいるのを見かけると、ついつい卒園したことを忘れてしまう。庭に自然になじんでいる。とことん遊び尽くした場所だから、勝手をよく知っている。だがそれ以上に、実は彼らなりの緊張した一週間を、ここに来て文字通り「解放」しているのだろう。  一緒にやってきた母親たちが、新入学後の子どもたちの様子を話してくれる。彼らなりの緊張からか、疲れて家に帰ってくると言う。我が子の姿を陰で見守る親たちも、同じように疲れた一週間だったことだろう。子どもたちが慣れ親しんだ庭で解放される姿を見て、きっと親たちも癒されたのだ。「いつでも帰ってこられるところ、ふるさとのような場所」を標榜してきたが、わたしたちが意識して用意する以上に、子どもたちが自然にそれを感じ取ってくれているのだと、改めて思った。  そうだよね。子どもだってストレスを抱えているんだよね。新しい社会の扉を開けるんだから緊張もあるよね。でも、これから大きくなるにつれ、そういう機会は格段に増えてくる。ストレスや緊張に自分をどうすり合わせてゆくかを、体験しながら学ぶんだね。だから、抱えきれなくなったら、またここに戻ってくればいい。何もしないししてあげられないけど、ここに来ることがきっと癒しになるよ。そんなことばを胸の内で呟いた。
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