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No.162 夢のタワー

 連休の初日となった29日、かねてから訪ねたかった東京スカイツリーの工事現場を訪ねてみた。休日なのでメインタワー建設用のクレーンは止まっていたが、商業ビル工事は続いていて、ひっきりなしに大型ダンプが出入りし、忙しくクレーンが動いていた。その日タワーは358mと表示されていた。
 都営浅草線を浅草まで乗って地上に出る。吾妻橋のたもとまで来ると、隅田川の向こう岸に建つアサヒビール本社の脇に、358mのタワーが見える。そのタワーを目指して吾妻箸2丁目を通り源森橋を渡り、東部伊勢崎線のガードに沿って業平まで、折々に見えるタワーをスナップにおさめながら歩く。
 吾妻箸のたもとを過ぎると、その辺りは本当に下町で、休日だというのに人影も車もまばらだった(タワーに肉薄する北十間川べりには大勢の見物客がいたが)。浅草・雷門のごった返す人並みからは考えられないほど閑散として、初めて歩いた場所なのに何となく懐かしく安らぎさえ覚えた。川崎・小川町の空はビルに区切られて四角いが、低い家並みが連なる小路の向こうに358mの白い巨塔が聳えるアンバランスが面白かった。
 折しも上海万博開幕間近で、上海の高層ビル群をテレビで目にする機会が増えた。あの近代的街並みのすぐ脇に、植民地時代の歴史的建物や、農民工たちの住居が並ぶ下町があると聞く。華やかさに目は奪われがちだが、まばゆい光は暗い影をつくるものだ。それは事実一つの問題を明示しているが ──それをとらえて侮蔑する輩もマスコミもいるが──、しかし本来人間の生きる力は、その影の部分にこそ蓄えられているように思うのだ。
 完成すれば世界一高い建造物になるというスカイツリーが、あまりにも洗練された街並に聳えるのではなく、今のような下町の人情漂う空に聳え続けるものであってほしいと思う。現実を忘却させるための夢ではなく、現実のただ中に夢もまたあり続けるために。