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No.193 闇への口が開いている

エッセイ「多摩川べりから」
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 歌舞伎役者が暴行を受けた事件を巡って連日報道が続いている。事件のあらましも当初に比べるとだいぶ雲行きが怪しくなってきたようで、「さん」付けだった報道が最近では呼び捨てにされることも出てきた。ワイドショーとしてはまたとない材料なので、これからも暫くはこの体制が続くことだろうが、それにしてもなぁ、と思ってしまう。  この事件が最初に報道されたとき、わたしの頭にはとっさに元横綱朝青龍のことが浮かんだのだった。加害者と被害者(ひとまず)の違いはあるのだが、一方は相撲の横綱、一方は伝統芸能の後継者とその置かれた立場も似ていて、酒の席での暴力事件という状況も似ている。だが対象のされ方はまるで違っていた。最初から「悪者」としてしか報道されなかった者と、この期に及んでもまだ「さん」付けが通る者との圧倒的な差が頭に浮かんだのだった。  当時盛んに言われた言葉が「品格」だった。その頃の「流行語大賞」にも入っていた記憶がある。大相撲の品格、横綱の品格を著しく汚したことをもって引退を迫られ、場所では優勝したにもかかわらずその直後に引退。それでも収まらないのかマスコミはことあるごとに元横綱の動向を報告し続けている。方や梨園のプリンス。酒の席での狼藉ぶりが「おいた」と表現され、これから徐々に明らかにされてゆくであろう真実についても、まるで最初から保護シートで包まれている。  この差はいったい何だろう。それを決定づけているのは本当に「品格」の問題なのだろうか。申し訳ないがわたしにはそう思えない。プリンスのご乱行には、「品格」を疑わせる噂が、たたけば出るほこりよろしくたっぷり聞こえてくる。にも拘らずこれだけの差が生じるということが、わたしたちの社会の事実なのだ。そして、それは本当に恥ずかしいことなのだ。  やはり、この国の闇は深いと言わざるを得ない。
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