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No.218 ことばについて考え続けている

エッセイ「多摩川べりから」
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 3月11日の震災直後と今最近とで、わたしの中の情報に対する接し方に変化を感じられるようになった。  大きな変化の第一は、流される情報をしっかり受け止めなくなってきたという点だ。当初は例えばテレビ報道なども文字通り固唾を飲んで見守っていたようなフシがある。だが今は、流される情報にそれほど注目していない自分がいる。一見すると情報過多で自分の中で消化し切れていないからのようでもあるが、一方テレビの情報といえども素早さの点では2位以下に落ちてしまっているという最近の情報事情にもよるように思える。  朝の情報番組でMCを務める人が面白いことを言った。「テレビでは“テレビの前の皆さん”と呼びかけるが、ラジオでは“ラジオの前のあなた”と呼びかける。」。作り手や流し手が、受け取り手をどのように想定しているか、この呼びかけが浮き彫りにしているのだ。新聞記者たちはどうだろう。読み手をどのように想定しているだろうか。先頃有名人の宿泊情報を流してしまっただとか、元夫の浮気の事実を流してしまって大問題に発展したということで有名になったTwitter(ツイッター)、140字以内で“今何しているか”をネット上に呟くしかけなのだが、あのつぶやき手たちは、その受け手をどのように想定しているのだろうか。  情報は商品になった。だからこそ「IT」と呼ばれるのだろう。多くの人が発信手段を簡単に手にできるようになった。それは諸刃の剣だと言われ続けている。漠然とそれは頷けるのだが、「受け手をどのように想定するか」という点で考え直してみると、確かにもっともっと注意を要するのかも知れない。  「風評被害」ということばもずいぶん定着した。だが不思議に「風評加害」という言葉は目にしたことがない。根の深いやっかいな問題は、じつは「被害」ではなく「加害」の問題なのかな、とブログで書いてみている自分。
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