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No.220 あの日から3年、あの時から3ヶ月

エッセイ「多摩川べりから」
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 8日の水曜日は「秋葉原通り魔事件」からちょうど3年目だった。事件の現場には花を手向ける人たちが祈りを捧げた。  この事件は当時マスコミがこぞって取り上げたから、記憶にもたくさん残っているし、事件の翌週にはこの欄にも一言記している。その時も今も変わらない思いがある。つまりこの被告は、マスコミが追いかけて並べ立てたように、その他大勢の人とは違う「特殊」な人間だったのかどうか。むしろわたしたちは、事件を起こすような人は「特殊」な人だと思い込みたいだけではないか、ということだ。  3年目を迎えた翌日、東京新聞のコラムにこの事件のことが取り上げられた。そこに登場する20代の男性──あの日、彼はそこにいたという──の言葉が印象的だった。「もちろん、彼のしたことは絶対に許せない。ただ自分だって自暴自棄になったら、どんなことをしてしまうか分からない…」。  犯罪者には厳罰で臨む風潮が強まった。それは、少年といえども容赦はしない姿勢で少年法が改悪され、裁判に被害者遺族の感情を持ち込む道を開き、裁判員制度が見切り発車されたことと繋がった。こういった一連の動きは、それを推進する者も、暗黙に合意する者も、すべからく、「自分は特殊ではない」つまり「自分は間違っても加害者にはならない」という意識があるものだ、あるいは被害者になることはあったとしても。しかし、紙上に現れたかの青年は「もしそうなったら、その時は自分も…」というどうしようもない暗さを自分の中に見出していると言う。一体何が、そこまで彼を追いやるのだろう。  経済が上り詰めて停滞し、社会が発展を遂げて行き詰まり、情報だけが瞬時に飛び交う中で、自分の立つ足下が揺らいでいる。大震災は確かに地震だが、実は地震が来るずっと前から、この国は揺らぎ続けていたのではないのか。  不安の霧が濃密に漂っている。
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