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No.223 地デジ騒動に考える

エッセイ「多摩川べりから」
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 7月に入って、アナログテレビを見ている人には画面1/6相当の「アナログ放送終了まであと○○日」という大きな文字が左下に出るようになった。「画面が見えにくい」「邪魔だ」と、初日から苦情が相次いでいるらしい。  牧師館は先日地デジに対応したのでわからなかったが、車を運転してカーナビを見たら、確かにカーナビのテレビはアナログなので、小さな画面故か文字の圧迫感が強かった。この車も先日取り替えたのだが、ディーラーの営業マンに聞いたところ、ほとんどのカーナビがテレビ受信はアナログのままで、別売りとしてデジタルチューナーを販売しているとのこと。だからほとんどのカーナビテレビはまもなく使えないことになる。後付けであればまだしも、メーカー純正品は困ったことになるだろう。  そもそも、アナログ放送を取りやめてデジタル放送にすることの意義はなんだろう。いろいろと取りざたされているが、結局のところ世界市場進出のための技術確立という意味合いがいちばん大きいようだ。それは例えば3・11以降も原子力を推進する人たちの発言の中に同じ言葉が見出される。技術立国である以上、選択肢はないということだろう(テレビならまだしも、放射能までも甘受するべきものなのだろうか?)。  だが、問われているのはこれからの日本のありようそのものではないのか。これからも技術立国として過当な国際競争を勝ち抜くために、国民の犠牲を前提として技術確立を推し進めるのか、あるいは少し手を緩めてのんびりと進む道だって選択肢の一つではないのだろうか。  事業仕分けの流行語になったように、今本当にわたしたちは世界第2位(3位でも4位でも…)じゃダメなのか。そのためにどちらの犠牲を受け入れるのか。まさに選択の時を迎えているような気がする。  早々に地デジ化した者の言うセリフではないか…(^0^;)
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