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No.249 2011年、今年の漢字

エッセイ「多摩川べりから」
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 2011年の漢字が「絆」になったというニュースをずいぶん前に聞いた。  震災や台風などによって家族の大切さが感じられたこと、救援・支援のプロジェクトに多用されたことや、なでしこジャパンのチームワークなどが理由らしい。  そもそも絆とは犬や馬を繋ぎとめておく綱のことを指すらしい。離れないよう繋ぎとめることから、家族や友人など、人と人とを離れがたくしている結びつきを指すようになったものだ、と。そういった語源から考えると、わたしにとって「絆」とは、自らつくり出すものと言うよりも、所与のものという感覚がある。それゆえに様々なことがあった時に既に与えられていると認めることが出来る、そんな感覚のものだ。  この年末はいつもと少し違った。三夜連続で誰かゲストを迎えて夕食を囲んだのだ。残念ながら見ず知らずの人を食卓に迎え入れる聖書の教えを生きることまではとても出来ないでいるが、それでも年末にゲストを迎えるのは我が家にとって画期的。考えてみれば、その一人ひとりとに絆を感じているからに他ならないからこそ。それだって「考えてみれば」なのであってそれ以外に説明できないことなのだ、「絆」として与えられていたことをしみじみと認識できたからなのだと思う。わたしは一人ではなかった、わたしたちの家族は孤立していなかった──、それを知りえたと言えば少し大げさかな。  そんなことを思い巡らしていた大晦日の未明に、へんてこなニュースが飛び込んできた。民主党を離党した9人は4日にも発足させる見込みの新党を「きずな」とするらしい。Twitterでは早くからこの話題がトレンドに登り、ほとんど否定的意見ばかりが目立つ。彼らは関係性を再発見したのだろうか。離れがたい結びつきを感じたのだろうか。「絆」への思いが汚されたと感じさせた時点で残念ながら彼らの先行きは暗いな。
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