ようこそ、川崎教会へ

No.258 若い友を送る

エッセイ「多摩川べりから」
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 古川奈菜さんが亡くなって50日目に、ご実家の近くの霊園に納骨することが出来た。50日は、悲しみが癒えるに決して十分な時間ではなかったが、それでも一つの区切りとして、生きている者が一歩前に進んでいくために必要な儀式だった。参列したどなたにも、悲しみと共に安堵の表情があった。  そして先週、小さい頃からよく知っている友人が突然に亡くなった知らせが届いた。40歳。たまたま休日を過ごしていた家で倒れ、そのまま亡くなっていたという。「今年の地区新年礼拝は川崎教会だから,家族で出かけようかと話していた」、と新丸子教会の髙橋牧師から伺っていたが、結局会えずじまいだった。実は彼の父親が昨年秋に亡くなっていて、周囲が「春になったら」と留めるのをおして2月に雪深い岩手県・奥中山に帰り、屋根の雪下ろしや父親の遺品整理を3日間めいっぱい手がけて帰ってきたばかりだった。遺体のそばにはその残された母、妻子、そして二人の兄弟、いとこたち。いずれもどこかでわたしと深く繋がっていた人たち。本当にわたしも親戚の一人のような感覚だった。  「死」というものはだれにでも当然起こり得るわけで、しかもその原因が誰から見ても納得できるようなものではないわけで、必ず来る割にはいつも突然に訪れる。そしてそれに直面した者は皆うろたえ、大きな悲しみ、耐えがたい喪失感に押しつぶされる。ある年齢に達したから納得できるというものでもない。どなたにとってもそれは人生の「途上」に突然引き起こされるアクシデントなのだが、やはりとりわけ若い者──自分より、という保留は付くとしても──の「死」には、いたたまれない思いが生じてしかたがない。  アニメ映画監督の宮崎駿氏は、豚になったパイロットに「いいヤツはみんな死んでいった」と言わせた。残された者としての強い意志と自覚が伝わる言葉だった。今わたしも心からそう言おう。
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