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No.266 鯉のぼりの季節

エッセイ「多摩川べりから」
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 わたしの実家は秋田県の南部平鹿盆地の中にある。見渡すと遙か向こうに山並みが360度繋がっていて、本当に「盆地」であることが実感できた。  我が家──といっても新婚だった両親が出来たての町営住宅に入居して始まったのだが──は6畳4畳半3畳の和室に台所とトイレがついた平屋の小さな家だった。そこに家屋と同じくらいの広さの庭がついていて、その真ん中にサクランボの木が植えてあった。ひょっとしたら記念樹だったのかも知れない。梅雨の時季にはおいしい実をもぎ放題で食べていた。  この季節になるとそのサクランボの木の脇に長い足場丸太を立てて、大きな鯉のぼりを挙げた。五色の吹き流し、大きい真鯉、緋鯉、そして小さい青色の鯉。丸太の先には矢車もつけていた。遠くからでも目につくその鯉のぼりが幼いわたしにはとても嬉しかったことを覚えている。  お天気が良い朝に、父がその鯉を肩にかけて持ち出し、丸太に挙げる。夕方には取り込んで6畳間の出窓に母親が広げて干す。分厚い丈夫な布地でつくられた鯉はとても重かった。子どものわたしは真鯉や緋鯉の口の中に入って遊んでいた。夕方、盆地の西遙か向こうに夕日に照らされて
鳥海山が見事なシルエットを見せてくれる。思い起こすと、わたしはずいぶん幸せに育ったのだと感じる。  「矢車を知らない人が増えている」と聞いた。確かに鯉のぼりを見かけることも少ないこのあたりで、矢車のついているポールはなおさら見かけない。幼稚園にも残念ながら矢車はない。だからせめて、大きな大きな鯉のぼりを挙げてやりたい。今年、園庭に新しい大型遊具が出来たので、これまでのように園庭を縦断させられず、半分に。その代わりもう半分は教会の屋上から横断させた。これが教会の塔屋と見事なコントラストを描く。  子どもたちの嬉しそうな瞳が輝いている。
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