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No.269 風のかよったひととき

エッセイ「多摩川べりから」
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 講演会の講師としておいでくださった小風さちさんは、柔らかい物腰の中に、好奇心がきらきら光っている方だった。  教会玄関から三階にお連れする時に、ちらりと見えた園庭にとても興味を惹かれたご様子。砦や塔(正式名称は「とことこ」)に目を輝かせておられた。  「ご自分のお子さんに毎日着色料や甘味料の入った食べ物をたっぷり食べさせたいとは思わないでしょう。言葉も同じです。」と語り始められた講演の中では、ご自身の絵本が生まれるまでのお話しや、聞いたままを表現する「擬音」のことなど興味の尽きない話題が満載だった。  その後の質疑応答の時間に、会場のお母さんから「先生の一番好きな絵本は何か」と問われ、ちょっとはにかみながら「ゆきちゃんのせかいりょこう」という絵本を紹介された。調べてみたら「こどものとも」の1960年11月号だった。父である松居直さんが編集に当たられた本だったという。「いまでも枕の下に入れて寝たいくらい好き」と仰り、柔らかい物腰に似つかないほどの大きな思い出し笑いをされた。その声をマイクがしっかり拾うと、ほっぺを真っ赤にされて「恥ずかしい…」と恐縮されていた。  まもなくお孫さんが生まれるという方が、恐らく幼少の頃に出会った一冊の月間絵本を大切にされていて、講演中にも関わらず思わず思い出し笑いを漏らしてしまうほど没頭できる「絵本の世界」の奥深さを知らされた気がする。「一冊の本との出会い」など、読書週間か書店のキャッチコピーのようでどこか空々しい思いもなくはないのだが、こうして実際に絵本の世界・言葉の世界に携わる方が確かに一冊の本──それもいわば薄っぺらい月間絵本なのだが──と生涯懸けて出会うことの出来る世界が確かにあるということなのだ。  揺るぎない橋をつくる。向こうの世界とこっちの世界の間に。それが絵本だと仰る小風先生。そよ風のように爽やかな時間を残してくださった。
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