ようこそ、川崎教会へ

No.270 どこか懐かしい風景の中で

エッセイ「多摩川べりから」
元のサイトで完全版を読む
 幼稚園の遠足で、今回初めて訪れたのは舞岡公園。以前あの有名な「ちい散歩」でも取り上げられた場所。周辺は宅地開発が進み、大規模な団地群が広がる中で、横浜市営地下鉄舞岡駅を降りた途端、「本当に横浜か?」と目を疑うような谷戸が広がる。それが舞岡公園だ。  幼稚園の教師たちと公園をぐるっと散歩する。わたしにとっては子どもの頃過ごした風景。田んぼの畦道やウシガエルが鳴く蒲の穂並み。その畦には昔、部活でランニング途中に渇きを癒したスイバが生えている。丘の斜面には食べるには少し早い桑の木や、食べるにはちょっと遅くなったモミジイチゴが実をつけていた。食べたことがないという若い教師たちにスイバやモミジイチゴを無理矢理食べさせる。園長を信頼しろってば。  キイチゴを食べたいばっかりに棘に刺されたり、ひっかき傷をつくったこと。桑の実を食べておなかを壊して、もう食べるなと言い聞かせられたがそれでも盗み食い。上手く誤魔化したつもりが舌が紫に染まってばれちゃったことなど、子どもの頃暗くなるまで野原で遊び回った日々を懐かしく思い出した。そして、都会の子どもたちはそういうチャンスに恵まれないこともまた、先生たちを見ると良くわかった。  普段の遊びの中で攻撃性を発揮するような子どもたちも、もちろんそうではない子どもたちも、この日はなんだかのんびりと落ち着いている。園庭に響く泣き声も今日は聞かない。広々した風景の中で自由に走り回るただそれだけが──遊具があるわけでもない、自販機すらないこんな場所で──これほどまでの充実感を子どもたちに与えるのだという素朴な真実が見える。  小一時間でまた元の喧噪の中に戻ってくるのだが、そうか、この子たちはその気になれば両方を味わえるのだな、と思い返すのだった。待てよ、喧噪を一番欲しているのはひょっとして…?
もっと見る