ようこそ、川崎教会へ

No.273 作道牧師を送る

エッセイ「多摩川べりから」
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 作道至示牧師が亡くなった。  遠野教会がバプテストの伝統を持つ教会で、それをあまり深く考えないで招聘を受けた後、毎年6月には新生会教師会と新生会大会とが交互に行われる度に、親しくお話しさせていただいた。バプテストの伝統から育ったわけではないのに──いや、だからこそと言うべきか──斜に構えて批判的・否定的なことばかり口にする若造を、目にほほえみをたたえて頷いて受け止めてくれる先生だった。三崎町教会の執事会を納得させて、毎月3万円の援助献金を遠野に支出してくれた。そして執事や信徒を連れて何度も遠野に足を運んでくださった。「金の切れ目が縁の切れ目」と世間は言うが、「カネのつき合い」を「人のつき合い」に育てて、しかもそれをご自分も心から楽しまれる、そんな先生だった。  つい最近まで、遠野から、防府から、そして川崎から、週報を送り続けた。先生に読んでいただけることが嬉しかった。そして読んでくださった証しにと、必ず自筆の絵手紙を送ってくださった。添えてある短い言葉に、いったいどれ程励まされたことだろう。  そのお葉書を見なくなった。お年を召したことだし、と勝手に想像していた。だが先生は原因も不明で治療法もない進行性核上性麻痺という難病に罹られていた。その辛い病状から英子夫人が「もう生きなくて良いのね」と臨終に当たって口にされたほどだったという。  84歳。見間違うほどに痩せられていたが、しかし穏やかな最期のお顔に対面し、冷たくなった額に手を置いて祈った。  ちょうど今週、新生会大会が神戸聖愛教会で開かれる。その閉会礼拝を準備していたが、作道先生の召天を覚え少し書き改めようと思う。新生会にとっても、そして私にとっても、確かに一つの時代が終わったのだから。
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