ようこそ、川崎教会へ

No.275 17年前と1年前

エッセイ「多摩川べりから」
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 日曜日に神戸で礼拝を捧げたのは、西中国時代に一緒に働いてこの春に神戸に移った牧師のいる教会だった。  この教会は阪神・淡路大震災で全壊した。幸い古い足踏みオルガンが家具の倒壊から牧師夫妻の命を守った。その後、冬の日差しが差し込む礼拝の時間には、講壇に虹が架かるという礼拝堂を再建した。  日曜の午後、その教会員の案内で隣の新長田に出かけた。震災で広範囲に焼失したあの町。その後町としては再建を果たしたが、地元の商店はその多くが姿を消した。あれから17年という決して短くはない時間が人々にもたらす変化をさまざまに考えさせられた。  というのも、今回の神戸入りは教団新生会大会に出席するためだった。そしてこの大会で東日本大震災の被災地の教会からナマの声を聴くことがひとつの主題だった。出席された新生釜石教会の信徒の方々の被災体験を聴いた。異口同音に「一年経ってようやく落ち着いて語ることが出来るようになった」と言われる。ここに至るまでどれ程苦しかっただろう、その軌跡を想像し、共に祈る一時を持つことが出来たのは幸いだった。  ひょんなことから、期せずして被災後1年の思いと被災後17年の思いとを両方聴くことが出来た。そしてそのことは少なからずわたしの心に重くのしかかっている。  もちろん神戸でもたくさんの旧知の方々とお目にかかれた。友人たちは待っていてくれたし、楽しい時間をプロデュースしてくれた。新生釜石教会の方々とは特に震災後初めて顔を合わせることができて無事を喜んだ。表情に疲労感は否めないが、でも確かに無事に生かされていることを確認し、神さまに感謝した。  長い出張だったが、日数以上に濃く深い時間だった。
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