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No.277 たかが一泊、されど一泊

 箱根はずっと雲の中だった。
 年長組恒例の箱根での林間保育が終わった。子どもたちは自分が入りそうな大きいリュックを背負い、バスに乗り、お母さんから離れてとにかく一泊生活する。その僅か一夜の生活に一人ひとりの大きなドラマがある。
 今回恐らく初めて、事情により二人のお子さんはお父さんが、あるいはお母さんが連れ添った。前述の通り、とにかく親元を離れて一夜生活することに意義があるとしてきた林間保育を、こういう形で実施することに意味はあるのか自分に問わざるを得なかった。また、せっかく箱根まで連れ出し自然に溢れた場所に居ながら、時折雨や突風があったとはいえ、降っていない時間も確かにあったのに施設の中でほとんどのプログラムが終始することに意味はあるのか、やはり自分に問わざるを得なかった。
 山を下りて川崎にたどり着き、一人ひとりをお母さんの元に返して、それらの問いにある明確な答えを得たような気がした。わたしたちの幼稚園の林間保育は、「それで良いのだ」という答えを。もっと見栄えが良いことやもっと派手なことをやろうと思えば出来ないわけではなかろう。だが、子どもをそのために使うことに意義を見出さない。あるいは、たとえ林間保育の歴史を塗り替える決断であったとしても、一人の子どもが「参加したい」と願ったことを最大限実現するために、さまざまな選択をすることが──たとえ一見幼稚園にとって自己否定的選択であったとしても──できるのが、わたしたちの林間保育なのだ、と。
 帰園後の報告会で、この一泊の間の親子ともどもの成長を少しばかり茶化しつつ「たかが一泊、されど一泊が林間だよ」と言ってきた。だがこの言葉は林間保育を責任を持って実行するわれわれにこそ向けられるべき言葉だった。「たかが一泊、されど一泊」。