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No.282 大合併で消えゆく町

エッセイ「多摩川べりから」
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 わたしの故郷は秋田県。平成の大合併で横手市に編入されたが、本来は平鹿郡平鹿町浅舞という。  もともと小さな町だった。横手市から国道13号が南へ、107号が西へと向かうその三角地帯に町が広がっていた。横手の商業圏にあったが、それでも町にはいくつかの商店街があり、古くからなじみの朝市も立つ。9月に行われる八幡神社のお祭りも賑わっていた。  だが平成の大合併後、帰省する度に道路が増え、整備され、その分道路際まで建ち並んでいた家屋が取り壊され、歯の抜けたような町並みに変わりつつあった。さらに商店街は店を閉めシャッターが降りていたが、それも取り壊しが進み、賑わっていた町の面影さえも感じられなくなった。  1995年以降のこの合併には大義名分さえないと思い、また発言してきたが、このたびの里帰りでますますその思いを強くした。いや、仮に大義があるとしたら、地方都市が周辺商業圏を滅ぼし尽くして大資本に奉仕することだけがそれだったかも知れない。だが、その旧横手市も秋田自動車道インターチェンジ周辺に大資本のスーパーなどが建ち並びはしたが、一時の圏域人口10万人が1割以上も減少し、また中央資本の吸収合併などにより商業形態が変化して、寂れていく感は否めない。結局横手市もまたさらに余力のある他の地方都市に食い物にされ滅ぼされる運命なのだろう。高速道の整備はそういう意味でも諸刃の剣だった。  80歳を超えた両親は日々の買い物にも困るという。幸い旧町内にスーパーががんばっているから良いものの、車がなければ旧横手市まで買い出しに行くのは無理。そういう人たちだけが取り残されていく。  対中韓に威勢を張るのも良いが、地方庶民の疲弊にさえ打つ手なしでは北の将軍様を笑えまい。同じ穴の狢だ。
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