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No.288 希望のモデルのない時代

エッセイ「多摩川べりから」
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 街中を車で走っていると、もとガソリンスタンドだった場所がやけに目につく。「油を売っていては商売にならない」なんて「上手い小話!」とつい手をぽーんと叩きたくなったが、ここ数年スタンドの閉店が相次いでいる中どうやら今年は過去10年で最悪のペースになるらしい。全業種統計では倒産件数が減少していただけに、ガソリンスタンドだけが異常な状態だ。  加えてこの10月から新たに「環境税」がスタートする。CO2削減のために化石燃料に課せられる新税だ。これが劇症緩和のために段階的に1リットルあたり0.25円課せられる仕組み。するとスタンドなどは通常1円単位で販売するため売価に転嫁できないのだ。つまり、税金分はスタンドが自腹を切るケースが増えるだろうとのこと。  いやはやなんとも、である。お気の毒としか言いようがない。先日羽田空港に出向く間、通りの小さなスタンドで給油した。おじさんたちが給油してくれて、窓も丁寧に拭いてくれ、道路に出る際には交通整理・誘導までしてくれた。昔はそれがあたりまえだったのだが、初めて出会った息子は、「これからは毎回あそこにしようよ」と、えらく感激した様子。規制緩和でセルフスタンドが増え、そうやって価格を切り詰めなければ競争に生き残ることが出来なくなったわけだが、何事も効率・経済性だけの尺度で社会全体が突き進むと、その変化に適応できない苦しみの期間が生じてしまう。それを出来るだけ緩和して、長期的視野を持って忍耐強く進むことこそ「変革」に繋がろう。だが、この国が採用してきた手法は「自己責任」という突き放しだった。  2大政党の党首争いがけたたましくメディアを飾ったが、見苦しいばかりの空騒ぎだった。期待や希望というよりは、ますます先行きの重苦しさ、行き詰まり感ばかり膨らんだ。  希望のモデルを提示できない時代。いったいどうやったら…。
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