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No.291 呆れた一週間(手前味噌メディアウオッチ)

エッセイ「多摩川べりから」
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 週の前半、メディアは「iPS細胞移植手術」とその疑惑で燃えさかった。  飽きるほど垂れ流されたこの情報は、結局、当人の人格を悉く否定し尽くして、あっという間に葬り去られた。こういうやり口を「マッチポンプ」と呼ぶ、まるで見本のような典型だった。  この騒ぎを通して,わたしの疑問はむしろメディアに向いた。そもそも、裏もとらずに全国紙一面トップに掲載した当の新聞社は、このことについてその後どうしたのか。たとえばオンライン版で「iPS心筋移植に関連する記事に誤りがありました。おわびします。」と述べただけだし、紙媒体では「徹底的な検証作業を続けていきます。」と言う。だが、まず徹底的に検証すべきは記事に対する「責任編集体制」ではないのか。また、他のメディアも当人を面白可笑しく否定する前に、報道の本意からこのような空騒ぎをまず抑制するべきではなかったか。あれだけ煽り立てて、ことがマスコミ批判に及びそうになると一斉にほっかむりを決め込むのは、いかにも大人げない未成熟の発露ではないか。  更に週の後半はコンクリート詰め殺人のニュース一色。どうしてお偉いマスコミの方々は、引き起こしてしまった事柄から何も学ぼうとしないのだろう。どのチャンネルも同じことを繰り返して流すのは、まさに垂れ流し。視聴者・読者はバカではない。テレビが空騒ぎを続けている間に、必要な情報・頼る情報はネットなどに移ってしまっているのを、世相に敏感だというマスコミの方々が知らないわけはあるまいに。  以前どこかのテレビ局の入社式で社長が宣っていた「テレビは洗脳装置。嘘でも放送しちゃえばそれが真実。」。だが今、「それが真実」だと信じる視聴者はいったいどれくらいいるだろう。  この国に閉塞感をもたらしている責任は、じつにメディアにもあるのだ。
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