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No.304 痛いのはイヤだな

エッセイ「多摩川べりから」
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 東京に大雪が降った14日、その未明に久々通風の劇症発作が起こった。  時間を追う程にどんどん降雪量が増えて、このままでは連休明けの幼稚園の登園に支障が出ることは明らかだった。対応を考え、関係者と連絡を取り合って、最終的に方針決定したのは夕方。その頃には靴下履きならば左足を引きずって歩ける程度だった。どうも日曜日からくしゃみ鼻水に悩まされていたのが、この降雪と寒さで本格的な風邪引きになってしまったらしい。足の激痛と頭痛という二つの痛みを抱えて、何とか火曜日の登園について各家庭に連絡を回したところで、もはや限界だった。  以後、職員の配慮でほぼ自宅に止まることができた。木金は園長パーティだったので、園児たちを牧師館に迎えるのが最大の仕事だったし。それでも通常抱えている週の間の予定を少しはこなし、給料日もあってそれぞれに給与を手渡しし、荒井俊次牧師が召され、葬儀・前夜式の会場を引き受けることとなって、鈍い動きながらいろいろと歩き回り、そうこうしている間に、何度も劇症発作に見舞われてしまった。  痛風は体質による場合がほとんどだが、それでも生活習慣を改めることで回復に向かうという。だが「生活習慣病」と言われると、生活そのもの、つまり人格までもが全否定されてしまったように思えて、痛みのダメージ以外にも感情的なダメージを強く受けてしまう。「ダメなヤツ」と言われているように思えるのだ。これでは痛み故だけでなく立ち上がれなくなってしまう。  この時ひらめいたのが、足の写真をフェースブックに載せること。友人たちがその写真に見舞いの言葉を贈ってくれた。それが大きな励ましになったのだが、実は自分の足の写真を掲載することによって、痛みも痛風自体も生活習慣もダメなヤツも全ての感情を客観化しようとしたのだった。  自分を笑う。それが実は癒しの力だったりするのだと実感したのだった。
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