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No.305 いのちのリスク

エッセイ「多摩川べりから」
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 アルジェリアで、痛ましい大きな事件が起きた。  事件そのものは発生当初から情報が混乱して、何が起こっているのか正確には伝わらなかった。多くの人がテレビから流される細切れの──しかも朝に流れた情報が昼には訂正され、夕には再び覆るような混乱した──情報に、単なる野次馬に過ぎないながら文字通り一喜一憂したのだが、ご家族や関係者のその都度の心痛は計り知れない。  結果、10人の日本人が亡くなった。それでもなお事件そのものは一向に明らかにならず、今後もどの程度まで明らかになるか見当もつかないらしい。  「テロ」と簡単に口にしてしまうし、その方が想像力を働かせやすいのかも知れないが、伝えられる細切れの情報から見ると、何らかの政治的意図を持ったテロというよりも、「身代金ビジネス」とでも呼ぶべきか、一見平穏なこの国では想像もつかない世界の現実が垣間見えてくる。日本は、身代金の相場をつり上げる効果があるとも言われる。それゆえに今回、犠牲者の数が他国に増して多かったとも。  そういう、まことに想像しがたい現実の中で、この国の多くの企業はどうやら事業を興しているらしい。それもまた、ほぼ無関係に生きているわたしなどには見えにくい一因なのかも知れない。  ただ、一連の報道の中で、わたしにはどうしても別の引っかかりが疼いてならない。イラク戦争の時、同じく人質になり、後に解放されたり、逆に悲惨にも殺害された方々の扱いと、今回の一連の扱いのあまりの違いようだ。あの時は「自己責任だ。国が税金を使って連れて帰るなら、彼らが費用を負担するべきだ」と大声で叫ばれていた。今回は政府専用機が迎えに行く。この違いは一体何だろう。いのちのリスクは、たとえそこがどんな場所であれ、皆同じなのではないのか。その疼きが、どうしても押さえられないのだ。
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