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No.319 カテゴリーは誰のため

エッセイ「多摩川べりから」
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 米精神医学会が定めた精神医学の世界的な診断基準「DSM」が19年ぶりに改訂されるはこびとなり、これまで「アスペルガー症候群」と呼ばれていたものが「自閉症スペクトラム障がい」に統一されるという。  幼稚園の現場では、いわゆるコミュニケーション障害やそれに類する行動をとるお子さんに対して、専門機関との連携を進めていただくようお願いしてきた。精神障害とか発達障害とかは、ある意味近代社会が成立するために必要だったからこそ分類付けられたと言えるだろう。それは当然幼稚園にも当てはまる。幼稚園という「社会」を円滑に構成し進めていくために必要な手段なのだ。だが一方で、別に「障がい」などと名付けるほど大げさではないにせよ、ある意味社会生活に困難を覚えているのだからそのカテゴリーに沿って支援の制度を受けられるのであればよりベターな状態に向かえるだろうという思いもある。  とはいえ、そういった診断を受ける側からみれば、「よりベター」などという都合の良い解釈にはならないわけで、偏見や差別と戦わなければならくなると身構えさせてしまうことは避けられない(だからそういう幼稚園からの勧めを受け入れてもらえないこともたくさんある)。たくさんの葛藤があるのだ。その葛藤も、名前が一般に浸透することで、少しは薄らいでゆくものなのだが、せっかく社会に浸透し理解を得られ始めていた「アスペルガー症候群」という名称が消滅してしまい、新たな、しかもまだまだ受け入れられていない「自閉症スペクトラム障がい」という名前をつけられることで、再び当事者や家族に背負わせてしまう重荷は、あまりにも重い。  このところ弱者に対する風圧がどんどん強まっているわたしたちの国では、人の育ちなど自己責任の最たるものとされてしまうだろう。そういう時だからこそ、カテゴライズの暴力性を見据えていかねばなるまい。
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