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No.322 戦後川崎ものがたり

 「大いなる家族─戦後川崎ものがたり─」という舞台を見た。今日礼拝後に見に行かれる方もあるので、ネタバレしない程度にちょっと感想を。
 牧師という職にありながら(わたしとしては当然の帰結なのだが)社会的関心を学生時分から鍛えられてきたので、日本にどうして在日韓国・朝鮮人の方々が暮らすようになったのか、なぜ川崎に特別永住者が多いのかもある程度は理解してきた。だが、その同じ程度で川崎に沖縄・南西諸島の方々が多数暮らしておられることを、実態としては知っていたが理由を知らなかった。今回この舞台でその理由が少しわかるようになった。
 特別永住者についてはある程度知っていたのに沖縄・南西諸島の方々についてはまるで理解していなかったし、その理由を知ろうとも欲してこなかった自分を今回発見したことは、多少なりとも自分を揺るがすこととなった。いったい何を知ったと思い込んできたことか。最近相次ぐ、あまりにも愚かしい政治家による歴史認識の披瀝を腐してきたが、貶されるべきはわたしの歴史認識こそだった。まだまだ知るべきことはたくさんあるのだ。
 歴史の説明が一人ひとりのセリフを長くする。聴衆には聞き取りにくいところが幾度もあった。それはこの市民劇の性格・テーマゆえに致し方ない。ただ、特高帰りの息子を諭す父親のセリフに惹かれた。はっきりとは覚えきれなかったがこんな主旨のセリフだ。「自分たちは他人に決められたとおりしか生きられなかった。これからは自分の責任で道を選び取る。その方がもっと厳しいかも知れない。だが、それができることは幸せなのだ」。
 ○○ノミクスだとかにミスリードされ、低俗な歴史認識を披瀝して憚らない政治家を抱え、街では在特会がヘイトスピーチをまき散らすこの社会は、「幸せ」を手放して、再び誰かに道を決めてもらう安易な方向へ突き進んでいるようにしか見えない。終幕は聴衆の手に委ねられたのだ。