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No.327 石巻で、仙台で

エッセイ「多摩川べりから」
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 日和山からみる石巻の街並みは、長閑な田舎にしか見えなかった。梅雨の中休み、初夏を思わせる日差しの中、青い海がまぶしい。だが、一歩街の中に進み出ると、やたらと道路が目につく。それが気になったのだが、わかった。家がない、家が少ないのだ。かつて建物があった場所が更地だったり空き地だったりしているので、ブロックごとの小さな道路が僅かな空き地の両側に露出して見える。だから道路の数ばかり目についたのだった。  わたしの頭の中には、震災・津波被害の映像が簡単に甦ってくる。なぜなら、テレビの画面を通してその姿を何度も何度も目にしたからだ。津波が何もかも押し流し、それが去ったあとがれきが山になった街並み。1年目、2年目とテレビでは特集が組まれ、現地からのリポートも流してはいたのだろうが、直接現地を知らない者にとってはいつまでたっても「震災・津波=がれき」という構図以外にない。だから、目の前の景色が長閑な田舎町にしか見えないのだ。本当に何もなくなっている。道路だけが張り巡らされた更地の連続。  仙台の小さなワインバーの店主が、その時のことを話してくれた。県庁に近いこの店は他の3店舗で一緒に仕事を分担し合って、とにかく昼食用の弁当を作り続けた、と。これまた「被災者」とはこういう人というステレオタイプな思い込みではなかなか捉えられなかったと後で気づいたのだが、例えば県庁職員など、自分もまた被災しながら、しかしかつて経験したことのない災害に立ち向かい、業務に忙殺されていたのだ。炊き出しは午後から夕方に行われることが多いし、職員はそれに並ぶことは不可能だというので、「まず県庁職員のために昼食弁当を」というこの店のねらいは受け入れられ、喜ばれたという。  一見平穏で、長閑で、平静を取り戻したかに見える目の前の風景の一枚陰に、現実は潜んでいる。わたしの脳はそれを理解できないでいた。
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