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No.335 都心・副都心・新都心

エッセイ「多摩川べりから」
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 先日妻の用事に付き添って、およそ20年ぶりに新宿駅地下街を通った。  1961年生まれの、子どもながら「アンポ!ハンタイ!」などと叫んでわたしにとって、新宿西口といえば「フォークゲリラ」の場所だった。  小学5年生になって初めて訪れた東京。まだまだ車の通行量が少なかった時代にタクシーで連れて行ってもらった憧れの高層ビルは、西口地下通路を抜けてすぐの京王プラザホテルだった。  長じてから新宿は、神学校に通う傍らキリスト教出版関係でアルバイトをしていたわたしのターミナルであり、またヨドバシカメラというこれまた聖地を巡礼するために欠かさず通過する場所ともなった。ホームレスという言葉がまだ一般的でなかった時代に、路上で暮らす人たちが沢山いたのもあの地下街だった。  その西口地下街が、あまりにも大きく変わっていた。長いトンネルが動く歩道となっている。排気ガスで鼻がむずがゆくなっていたのに、今では歩道から車は見えない。空気がきれいになったからか、地下に飲食店もたくさん店を出して、通り全体が明るく華やいでいる。  新宿西口が「副都心」と呼ばれていたことさえ懐かしい。1991年に都庁が移転したことは大きなニュースだった。今回、完成22年目にして初めてその都庁の中に入った。モノの本によると16万5千人が働いているのだと。地方の大都市並の人間がここにいるのだと思うと、少し恐ろしくもある。  国中に過疎が広がっている。あちこちに限界集落も現れた。都会への個人的憧れが結果的に過疎を生んだと信じ込まされてきたが、実際はそうではなく何か偏った意図があったのではないか。あちこちに「副都心」や「新都心」という呼び名が広がったが、バブルと同時に勢いがはじけてしまった。「国」というバブルもはじけ始まったのだろうか。
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