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No.337 オリンピックねぇ

エッセイ「多摩川べりから」
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 この週報が出る頃には、2020年のオリンピック開催地が決定しているのだろう。どこで開かれても個人的にはどこでも良いが、一発景気回復を狙う人たちには、重大なことなのだろうとは理解する。  「オリンピックの経済効果」と良く聞く。それはそれは凄いのだとか。わたしの大好きな映画「日本一のほら吹き男」の封切りは1964年6月だが、主人公はそもそも三段跳びの選手で、あちこちにオリンピックを控えた華やかな風景や、ガラガラの首都高などが写っている。高度経済成長が勢いづいた頃だというのは理解できる。二匹目のドジョウ、いやサッポロ・ナガノも入れると四匹目か。だが、東京オリンピックの翌年には特需がすっかり冷え込み、しかし公共事業で潤った経験が疼いて、ついに戦後初めて赤字国債を発行する羽目になった。その効果はいざなぎ景気となって現れたが、10年目にオイルショックなどで再び発行。以後、バブル期の3年ほどを除いて毎年発行され続け、国民一人あたりの借金は赤ん坊も含めて800万円台になったとか。簡単に言い切れないかも知れないが、「経済効果」を謳うオリンピックのせいで、国の借金体質が始まったというのは、なんとも皮肉なことではないか。  「オリンピック開催で、被災地の人たちを元気づけたい」という声もあった。心情としてはわからなくもない。だが、では元気づけてどうしろと?「元気になったからもう元通りだからね。もう責任は負わないよ」ということならちょっと違う気がする。そもそも、オリンピックのような一大イベントには、必ずと言っていいほど目くらまし効果が(黒幕たちにとって)期待されるではないか。いやいや、キリスト教界に見られる「伝道」イベント願望も似たようなものだから…。  その費用で、国の責任で被災させてしまった人をまず救済するのが先だと思うのは、あまりに世間を知らなさすぎる者の戯言なのだろうか。
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