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No.339 一つの判決

 震災当日、降園のため送迎バスを運行し、園児5名と職員1名を亡くした石巻の幼稚園を巡る損害賠償請求に判決が出た。学校法人と幼稚園に対して一億7千万円あまりの支払い命令だった。遺族の主張がほぼ認められた。
 幼稚園の災害マニュアルでは園児を園に留め置くことになっていたが、わざわざ高台の園舎から低地・海沿いの避難場所まで送り、園より高台に住む通常はバスを利用していない5人を送ろうとして避難渋滞に巻き込まれ、そのまま津波にのまれた。幼稚園としては千年に一度の大津波を予測できなかったと主張したが、この対応を知るとやはり多くの問題を感じずにはおれない。
 なぜ地震後にバスを動かしたのか。ルートを変更してまで避難所に回る必要があったのか。通常乗らない子どもまで乗せる必要があったのか。なぜ、その時に限ってそのような“余計なこと”をしてしまったのか…。
 あの日わたしは横浜の帰り、大黒埠頭に近い国道15号にいた。幼稚園は卒園を控えた午前保育中で、そのために掃除をしていてくれた係のお母さんたちとその子どもたち、そして預かりの子どもたちが残っている。揺れがおさまった隙に急いで車を走らせた。鶴見駅周辺では停電で信号が止まり、警官が手で誘導していた。余震が続く中、揺れる度に園庭に固まった。母親といる子は帰し、預かりの子は連絡が付くまで留め置いた。職員も市内の者は自宅と家族の安否確認のため帰し、遠方の職員は全員園舎に留まることに決め、そのための準備を手配した。その間もスマフォのワンセグで情報を収集し続けた。誰にとってもこんな事態は生まれて初めてだったはず。だからこそなるべく慌てずに、やるべきことを着実に、確実に判断しなければならなかった。そしてそのことを記憶し、次に備えるための貴重な経験にしなければならなかった。
 この判決も、一つの指標としなければならない。