ようこそ、川崎教会へ

No.342 3歳児に教わること

エッセイ「多摩川べりから」
元のサイトで完全版を読む
 夏がぶり返したような雲一つない快晴の下、川崎頌和幼稚園のプレイデーが行われた。例年川崎小学校のグラウンドをお借りしてプレイデーを行う。休日でありまた小学校も地区の運動会などの川崎市恒例の行事があり、教職員が誰もいない中、「勝手知ったる他人の家」のごとく自由に使わせてもらう。有難い。ただ、音響が使えないために、いつも小野蓄電池株式会社さんのお世話になっている。この家も代々頌和幼稚園の卒園生だ。今年話を聞くと、小野清作さんはもうプレイデーに50年協力してもらっているという。これまた有難い話だ。  本部席は川崎小学校の通称B棟前につくる。その2階に小野さん持ち込みのスピーカーを設置する。数年前までは本部席に向かって「はじめの会」などをしていたが、保護者席、つまり本部の真反対方を向くようになった。  今年、「はじめの会」で園長の話をしている時に年少の子どもたちが数人後ろを向いていることに気づいた。「こっちを向いて」と言うとさらに数人が後ろを向く。そこでようやく気づいた。彼らにとっては音が聞こえる方が「こっち」なのだ。  125周年記念事業で礼拝堂の音響を整えようとしている。専門家は、「礼拝堂後のスピーカーが良く鳴っているのは、ストレスになる」としきりに仰っていた。そんなものかと大して気に留めないでいたが、年少の子どもたちにその真理を今日教わった。そうなのだ。音が聞こえる方が「こっち」。それが自然なのだ。  子どもは未完成の大人であって、大人が意図して教育を施さなければならないと聞く。だが、それはほんの一面の真理。子どもの方が一瞬で本質を見抜く力を持っている。真実が知りたければ、彼らに聴くのが良い。  小さな運動会だが、そこに現れる真理は真実だ。
もっと見る