ようこそ、川崎教会へ

No.347 顔と顔を合わせること

エッセイ「多摩川べりから」
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神学校同窓会の役員会で初めて刈谷に出かけた。  役員は全部で四人。それぞれ気を使ってくれるのでいつもは川崎で開催されることが多い。だがそうなると出向いてくれる側の苦労やリスクに気づけない。教会の現場では何度もこういうことに出くわした。もちろん理由は様々あり得る。集まる交通費の問題や無視できない時間の問題等々。「いと小さきもの」云々というキリスト教会の現場でさえ、いやむしろそういう現場故にか、一方的な労苦やリスクの固定が起こってしまう。概して様々なことに対して余裕のない組織がこういう風に状態を固定化させてしまう気がする。  それはともかく、名古屋から東海道線上り快速に乗り換えて30分も経たないうちに刈谷。さすがにトヨタグループ発祥の地だけあって駅の近くにはたくさんの自動車部品系本社や主力工場がある。また家具メーカー大手のカリモクは本来は刈谷木材工業の略称だそうで、現在本社は隣の東浦町にあるという。徳川家康の母於大の方は家康が三歳の頃松平を離縁され刈谷教会のすぐ裏手の椎の木屋敷に移り住んだという。刈谷市の人口は15万弱。名古屋が大きすぎるのでついつい気を取られてしまうが、なかなか充実した町だった。  また今回は、会議後に少し足を伸ばして同窓生のいる碧南教会をお訪ねした。池田牧師との再会は何年ぶりになるだろう。しばし様々な話題で楽しみ、安否を確認できた。古来からキリスト教はこういう訪問を問安と呼んで大切にしてきたが、文明の発達は直接ではなく間接を選ぶようになって、顔と顔を合わせる機会がどんどん失われてきている。残念なことだ。  今回は役員会ということでこういう機会を得たが、同窓会が毎年地方を巡って研修会を開くのも、こういうアナログな関係を大切にしたいと願ってのことなのである。その意味ではとても良い時間を過ごすことができた。このために労してくれた多くの方々に感謝である。
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