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No.357 都合よく意味を変える「民意」って

 昔、選挙が大好きな牧師の下で働いていた。選挙事務所にも詰めた。だが応援する候補が当選確実になった選挙事務所には出向かないことにした。行かずとも祝ってくれる人は大勢いるからだ。むしろ落選した時こそ、事務所に詰めるべきだ。事実を慎み受け止めなければ、次への展開も出来ない。
 名護市長選挙で、新基地建設に反対する現職市長が再選された。対立する基地容認候補に大差をつけた。通常そういう場合「民意は明らか」と言われる。だが──ここが傑作だが──敗れた候補を応援する政府与党は「民意は民意だが移設は強行する」という立場。あろう事か開票の二日後には辺野古埋め立ての公示を行った。あまりにもあからさますぎて情けない。
 もし逆だったらどうだ。仮に容認派が当選したら「これこそ民意」と大騒ぎするに決まっている。同じ言葉や事実が、場合によって全く反対の意味になることを、普通はダブルスタンダードと呼び、忌み嫌われる。日本政府は明確なダブルスタンダードを公言して憚らないほど、民主主義とほど遠い実態を今回も恥じることなく明らかに晒した。
 例えば「産経新聞」の社説。「選挙結果は出たが、名護市民がけっして移設反対一辺倒ではなく、移設を町づくりに生かすべきだとの意見があることも稲嶺氏は考慮すべきだ。」。では政府与党は、「TPP反対」という意見があることをどれほど考慮しただろう。しかも「反対」を公約に掲げながら裏切って憚らない。奢れる者は語るに堕ちるのだ。
 もとより、民主主義とは「多数決」のことではない。むしろ全く逆で少数意見を尊重するための装置だ。だから、絶対多数を獲得したならばなおさら、反対意見を尊重しなければその歩みは危機に陥る。総理、浮かれなさんな。
 今するべきは二枚舌の開陳ではなく、結果を慎み受け止めることではないか。民主主義のためにも。