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No.358 リケジョですか

エッセイ「多摩川べりから」
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 STAP細胞研究を巡ってここ数日テレビなどが盛んに報道するのを見て、どんどん嫌気がさしてくる自分を抑えられないでいる。
 画期的発見が報じられながら、どうしてこんなにも嫌気がさすのか。自分の心の反応にチョット興味があったので考えてみた。
 まず一番に、最初のニュース報道に触れた時、「若い女性がチームリーダーとして研究をまとめることが出来る環境なんだ」ということに驚いた。漠然としたイメージながら、基礎研究などという分野には「おっさん」の登場以外に想像できなかったからだ。そして自分がそういう反応をした時には、まだ嫌気がさしていなかった。
 ところが明くる日の報道やニュースショウになると、チームリーダーの博士の人柄──研究姿勢とかではなく、趣味だとか服装だとかに重点が移りだした。このあたりから違和感が募りだした。
 さらに一日明けると、今度は彼女の子どもの頃の読書感想文や卒業文集の「詩」などが公表され、これまでの生活環境だの友人・知人の談話だの、お決まりの個人的話題に集中特化し始めた。この頃から、違和感が完全に嫌気に変化した。猟奇犯罪も画期的発見も、全く同じレベル、手法かよ。
 研究は研究成果でまず評価されるものではないか。発表した途端世界中の競争が始まったのだ。さらに上の成果が求められる厳しい状況になっているのに、割烹着がどうだ研究室の壁の色がどうだなどと呑気なことを言っている場合ではないはず。こういった「女性」への視点は単なるオヤジ目線の裏返しに過ぎないのであって、その視角から「女性の積極的登用」などと言うに至っては笑止千万。失礼にもほどがある。
 今注目すべきは「リケジョ」ではなかろう。古いギャグで言えば「そんなの関係ね〜」。ちゃんとしようよ、ちゃんと。
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