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No.359 単純な遊びこそ

エッセイ「多摩川べりから」
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 本格的な雪が降り出した。
 高長女は3年生が受験のため自宅学習に切り替わって新潟から帰省したが、雪国で3年暮らした自負心から「10センチで大雪って、どうよ」と笑っていたが、土曜日の午後になると、まるでその雪国のような降り方に。時折強風に煽られて吹雪のように雪が舞う。
 都心部では十数年ぶりだという。いつものことだが都会は雪に弱い。娘の言う通り10センチを大雪と呼ぶのは、雪国生まれのわたしにとってもかなりの笑い話である。ただ、周囲全体が雪に弱いとなると、わたし一人が雪に慣れているからといって決して安全ではない。テレビが連呼するように「不要・不急の外出は避ける」のがベターだろう。
 ちょうど土曜日は園庭開放の日。卒園した元園児が遊びに来る。午後はおやじの会。しかも例年好評の「海鮮パーティ」。その準備のために早めに来る家族と一緒に、いつもは来られない子どもたちも来ている。しっかり雪対策した服装で、真っ白い園庭を走り回っている。いつもならすぐに溶けてなくなる雪が、今日はあとからあとから降り積もる。雪国であれ雪が珍しい国であれ、やはり子どもたちにとっては最高の贈りものに違いない。
 今、我が夫婦の間にチョットしたマイブームがある。コマ回し。半年ほど前にデパートの展示会で「野菜独楽」を購入した。先日は大小三つの「大山独楽」を手に入れた。独楽回しはじつに単純な遊びだが、のめり込む。そして実は単純な遊びほど繰り返しのめり込む魅力を持っている。仕掛けは単純で良い。あるいはなくてもかまわないのかもしれない。ただ、大人になると単純であることに意味を見出すことが難しくなる。子どもの頃に経験しないで来れば、なおさらだろう。
 雪だけで長い時間遊べる。その経験を身体は記憶するだろう。
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