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No.367 語るに堕ちないために

 4月1日に「そりゃエイプリルフールだろ」と思わずつぶやきたくなるようなネタがネットを賑わした。今や話題の人、NHKの籾井会長だ。
 好意的にとれば会長自ら反面教師としてこの事実にぶち当たったという反省を込めて新入局員に語ったともとれるが、理事全員の辞表を預かるまでやるこの人が、そこまでしおらしいとは思えないゆえに、このニュースがエイプリルフールだろ!と突っ込まれたわけだ。最も自覚が必要な人が全く自覚なく他者に対して自覚を迫る。お笑いのネタとしても中の下くらいか。
 ワイドショーで、ある女優が被災地などで歌声喫茶運動をしていることが取り上げられた。スタジオの一人が「人間はしゃべりたい動物のようだ」とコメントした。話したがりが多いけれども、会話には聞き手も必要。その点歌声喫茶はみんなが「歌う」ということを通してストレスを発散できる利点があるのだろう、という文脈。なるほどなぁと思ったのだが、一番惹かれた部分がかの「しゃべりたがる動物」だった。
 牧師などという職種にもしゃべりたがりは沢山いるように思う。かく言うわたしも大いにその一人だ。だが賢明なる諸兄、語ることとは、落とし穴の淵をかすめる行為なのだよ。問うには落ちなくとも、語るに堕ちる者は大勢いる。まして語り出して気分が良くなるといとも簡単に。籾井会長の件は他人事ではない。
 語るということは内側を顕わにするということだ。虚飾は剥がれる。であれば、素で行く以外になかろう。鍛えるべきは「素」だ。