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No.368 気持ちが知りたいという気持ち

エッセイ「多摩川べりから」
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 「ペットの気持ちが分かる」という触れ込みで、病気や年老いたペットの思いを言葉にして飼い主に伝えるコーナーをもつテレビ番組がある。見ると泣けてしまうのでなかなか正視できない。我が家もペットロスなのだ。  街角の占い師に「ペットがなにを考えているか知りたい」という相談が持ち込まれるようになったと朝日新聞デジタルが伝えている。占い師によると10年ほど前からそういう相談が始まり最近は定番になっているらしい。占い師のプロフィールにも「得意分野:ペットの気持ち」というのが挙げられる時代だと。核家族化・単身世帯化で、家族としてのペットの役割が大きくなっている、というのだ。なるほどと思わされる。  対象が犬か猫かだけのことであって、対人関係を占うことと基本的には何ら変わらないということなのだろう。別段占いという職種に感慨は持たないのだが、こと相談を受けるという点では牧師だとか園長だとかも同じ要素があるという点でい考えれば、ここには面白いロジックがある。人間関係の相談は、大概「○○さん(他者であったり家族であったりする)との関係」の相談であって、ペット同様相手の気持ちが分からない・知りたいというものが多いのだが、むしろ本当の問題や考えるべき事柄は相談者自身の内側にあるのだ。相談の場に居合わせない相手のことは類推するしかできないが、目の前で話している相談者自身のことは良くわかる。その相談者の心の動きに何らかのアドヴァイスだとか方向だとかを一緒に考え見つけようとすることで、相談自体は完結する。だから、占い師が言うように、まさに「犬か猫かだけのこと」であって、たとえロボットだとか自動車だとかだとしても基本的には何ら変わらないのだ。  人が生きるということは、良くも悪くも自己が中心。だからこそやり直しも修正もできる。誤解もたくさん生じはするが。
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