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No.373 どうして今、姑息な手段を使ってまで

エッセイ「多摩川べりから」
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 従来から「憲法の危機」「9条の危機」は叫ばれてきた。旧文部省が著作/発行した「あたらしい憲法のはなし」(昭和22年8月2日発行、ちなみに憲法公布は同年5月3日)で学んだ新制中学生は本当に僅かだったという(一年生用社会科教科書として使われたが、25年4月には副読本に格下げ、27年には発行されなくなった、ちなみに朝鮮戦争は同年6月勃発)。その直後から早くも憲法は危機を迎え、一時も安堵することなく今日まで来た。それは、国の最高法規であるはずの憲法より常に上位に位取りされた「日米安保条約」が、常に日本国憲法を瀕死の状態に起き続けてきたからでもある。
 その時々の国民/国会は最高法規たる憲法と、正反対な立場を強制する安保条約の狭間にあって、かろうじて平和主義の道を選び取ってきた。それ自体奇跡的な事柄だったのかもしれない。そうして現政権は「現実にそぐわない」という表向きの理由で、憲法を「解釈」によって無効にし、真逆の(つまり現実に沿った)安保体制を完全に機能させる道に躊躇なく歩み出そうとしている。その方が資本主義に相応しいという選択なのだ。
 これまでも、瀕死の憲法──わけても9条──の下、国の内外の危機に際して、決して十分ではなかったかもしれないが議論を重ねて決断し法整備してきたことが、現政権にはまどろっこしいのだろう。それで対処できてきたのだから、今この時にその方式を葬り去らねばならないさしたる理由も見当たらない。なのに何故今なのか。なおさらそこに隠された理由があると見ざるを得ない。
 祖父の代からの遺恨という、首相お得意の「情」だと言うならわからないでもないが、しかしそれを言うならお爺さんは「自主憲法制定」こそ悲願だったのではないか。「解釈変更」などという姑息な手段を、情に深い人たちは「祖父の志」の成就だと、本当に認めてくれるのだろうか。
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