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No.378 追悼、藤田敏子さん

エッセイ「多摩川べりから」
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 藤田敏子さんが亡くなったと連絡を受けた。
 花の日礼拝のあと、花束を持ってご自宅に伺った。その前日、敏子さんの娘さんから「母がまた入院します」というメールを受け取ったと谷戸久美子さんが伝えてくれていたので、もしご不在なら太田病院にも行ってみようと思っていた。案の定マンションから応答はなく、病院の総合受付に回ったが該当する入院患者はいないという。どうしたものかと思っていた。
 先週やはり谷戸さんから、藤田さんのご子息からのメールが回送されてきた。「藤田敏子の長男の知生と申します。母、敏子は昨日、6月14日に他界致しました。」という内容だった。わたしは知生さんに面識はなかったし、翌日から三日間は会長として責任を負っている神学校同窓会の総会と研修会が控えていたので、もどかしいながらメールで様子を確認し情報を収集するほかなかった。それでも、だんだんと様子がわかり情報も集まってきた。そこで、これまた谷戸さんにお願いし役員と教会関係者に思いつく限り連絡を入れてもらった。また、親族のみで葬儀を執り行いたいというご遺族の意思を尊重しつつ、列席を希望する者は参列して良いかどうかをできるだけご遺族に確かめるようにお願いした。
 19日(木)前夜式、20日(金)葬儀が執り行われた。祭壇の遺影は目を細め満面の笑みを湛える敏子さん。亡骸は病との激しい闘いが偲ばれた。頬がこけて一瞬別人のようだったが、眼窩には紛れもなく藤田さんのほほえみの面差しがあった。
 一ヶ月ほど前、消息不明と言われて電話した際に、しっかりと応対され穏やかに話されたのが最期となった。花の日の頃でさえそこまで体調が悪くなっていようとは思ってもいなかった。今は主のもとで安らかにいることを信じ、全てをゆだねようと祈った。
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