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No.386 中野武信さんを送る

エッセイ「多摩川べりから」
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 98歳の中野武信さんを葬る全ての業が終わった。
 前夜式・葬儀には、それぞれ報告の通り参列者があったわけだが、実は身内だけでもとても大勢だった。武信さんは淳子さんとの間に3男2女をもうけたが、それぞれ家族が増えて孫9人、曾孫17人、玄孫1人にもなった。当然伴侶を得た人も多くいて一堂に会したのだ。わたしは数日この親族皆さんと過ごしたが、結局最後までだれがどこの系列なのか、全体を把握することができなかった。
 斎場で収骨を待つ間に「孫・曾孫・玄孫集合」と声がかけられ記念撮影が行われた。どうしても間に合わずにその場に連なることの出来なかった者もいたのだが、それでも20人を遙かに超える賑やかな集団。
 その撮影会を横にして思った。人間の一生は何によってはかられるのだろう。業績や遺産も一つのスケールではあるが、多くの家族を残すことも間違いなく一つのスケールだと。恐らくこれだけの親族が一堂に会することはもうないだろうと喪主の富慈生さんは話しておられた。その通りだろう。ここにこうして集まったことは、確かに「死」という悲しい事実がもたらしたものには違いないが、武雄さんが最後に中野家にくれた大きなプレゼントだ。
 先日友人が大きな手術を受けてICUを出て病棟に戻った時、「98歳のそのお爺さんに恥じないように、繋ぎとめられたいのちを生きよう」と彼が言った。「その通りだな」と相づちを打ちながら、「でもオレたちの年齢にしてもまだ半分だぜ、先は長いなぁ」と笑った。
 そう、富慈生さんも「いやいや、それはもう「無理」です」と笑っていた。前夜式に出席された山鹿牧師も「ボクも武信さんと比べたらまだまだ若いね」と笑っていた。武信じいちゃん、あなたは最後にみんなに素敵な笑いを届けてくれたよ。「生きよう!」と、みんなを励ましてくれたよ。
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