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No.399 赤い服の人のこと

エッセイ「多摩川べりから」
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 地方の小さな町。宣教師と出会った一人の青年が医療伝道を志して病院の一角に集会所を設けた、そこがわたしの教会体験の始まりだった。
 秋田県の南部の広大な地域に点在するいくつかの集会所の内の一つ。だから礼拝は火曜日の夜だった。いつもは10人程度の集まりが、年に一度夕方から開かれるその日だけは大勢の人たちが集まった。クリスマスである。
 みんながそれぞれ重箱を持参しての夕食。今のようにお金で買うのではなく労力であつらえた各家庭の味は、豪華ではなかったがおいしかった。宴の終盤には、隣町の集会所に集うお菓子屋さんから届けられた小さな紙袋。レモンケーキやあんどうなつが嬉しかった。
 そこに登場する赤い服のおじさん、サンタクロースだという。だが子ども心にもそれがどこの誰かはすぐにわかった。完全な余興の一つ。だからといってそのことがつまらないとか夢がないとは思わなかった。
 わたしは、自宅を開放して教会学校をしていた家に育ったので、クリスマスの時期には準備に追われる母を見て育ち、また手伝いもした。だから、プレゼントは夢の国から届くものではないことを知っていた。だからかも知れないがサンタクロースはクリスマスの主役ではなかった。余興なのだ。
 むしろ成長してから、サンタクロースが主役だと言わんばかりの現実を知った。それはそれで面白いことではあったが、それでも心の中では「程度の良い余興」以上のものにはならなかった。
 今年、CSのクリスマスにサンタクロースは登場しないことになった。謎めいた人ではなくだれでも知っている人が、赤い服を着て顔出しでプレゼントを配る予定。目に見えない大切なことは、それを無理に目に見える形にしない。余興に徹することで逆に守られることがあるはずだ。本物らしい偽物になるよりも、その方がきっと。
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