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No.401 あべ(こべ)政権

エッセイ「多摩川べりから」
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 シャンパンタワーというのがある。グラスをピラミッドのように重ねて頂点のグラスにシャンパンを注ぐ。満杯になると次第に下のグラスに垂れていき、ピラミッド全体にシャンパンが行き渡るというもの。キャバクラやホストクラブ、豪華な結婚披露宴でもなければお目にかかるものではない。
 このシャンパンタワーをつかってアベノミクスを説明する秀逸なイラストがインターネットで流布されていた。思わず唸らされた。1枚目は安倍総理の説明、2枚目は現実、3枚目は将来が描かれている。
 1枚目、安倍総理の説明では当初市民はアベノミクスの効果を実感できないが、やがて社会全体にその効果が行き渡るという。グラスタワーのトップから溢れてやがてすべてのグラスを満たすというわけだ。ところがこの2年間、むしろ円安で受ける生活必需品の高騰ばかり。未だにまるで実感なし。それはなぜか。2枚目、金融緩和で注がれるシャンパンを、トップのグラスがどんどん肥え太って吸い取っているのだ。一滴たりとも下のグラスに溢れさせない。3枚目、もう既に注がれるべきシャンパンも底を突き、ビンも細っているのにトップのグラスはまだまだ太る。下のグラスが支えきれなくなっている。このイラストへのコメントにも唸らされた。「一つ足りません。下のグラスから吸い上げるルートが描かれていない。」う〜ん。
 国益を守れ、という叫びを耳にする。だが国益とは国民すべてが共有・分配するべき「益」のことではないか。だが、「国益」を叫ぶことと「富の再配分」を拒絶することとの間に相関関係があるのはなぜだろう。結局「国益」とは、それを操る立場の者が自分たちに都合よく独り占めすることでしかないのであって、だから悲しいことに彼らが一番「国益」を守らない。「国損」だ。
 愛国心が国を滅ぼし、国益が国民を貧しくする。憲法を変えることが「保守」であり、それを守ろうとすることが「革新」。意味わかんね〜〜。
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