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No.408 「憧れ」が消える

エッセイ「多摩川べりから」
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 JR東日本の新幹線や特急列車の一部で、車内販売が終了するというニュースが流れた。
 昔々、奥羽本線には特急つばさが走っていた。このディーゼル特急に乗って東京に出るのが少年の憧れだった。横手から上野まで8時間ほどかかるのだが、それが全然苦にならなかった。憧れることの持つ力は凄い。ちなみにこの車両は秋田仙台間を北上線経由で走る特急あおばでもあった。北上線を特急が走るというのが、なんとも誇らしかった。
 つばさには食堂車もついていて楽しみだった。大学生になってこの食堂車で「比内鶏燻製」とビールを頼んで「大人になった」と実感したりもした。だが、やがてこの特急は廃止となり、横手までは来ない山形新幹線に名前を奪われた。なんとも悔しかった。
 鐵道の旅を盛り上げるもう一つの小道具が、駅の売店だったり弁当売りの声だったり、車内販売だったりした。国鉄マンを退職した祖父が迎えに来てくれて祖父母の家に向かうとき、横手の駅で必ず買ってくれたのがあんパン5個入りと雪印のアイスクリーム。どちらもいわゆる「国鉄規格」のため、一般の店では決して売られていなかった。ホンの4駅ほどだったが、その旅が幼いわたしにとってどれだけ楽しかったことか。
 だが、スピード化の流れにこれらは取り残され、廃れ、姿を消す。食堂車が消え、寝台車が廃止され、売店は全国統一のキヨスクとなり、駅弁は大都市のデパートの催し物でしか出会えなくなった。唯一残された車窓の風景も、このたび工事が始まるらしいリニア新幹線ではほぼ全線が地中深くを走るという。それらを「旅」と呼んでも良いものだろうか。もはや「移動」でしかない。
 手塚治虫が描く近未来都市には確かに「憧れ」がちりばめられていた。だが現実の未来からは「憧れ」だけがどんどん消えていく。
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