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No.412 大改革が描く明日

 総理大臣の施政方針演説があったらしい。ライブで聞きはしなかったが、翌日テレビでは「改革」わけても「戦後以来の大改革」という言葉が多数登場したことが話題となっていた。
 不思議なことだと思う。「保守党」とか「保守派」とか呼ばれるであろう政党の総裁として首相指名を受けた人が「改革」「戦後以来の大改革」を叫ぶ。そういえば第一次の頃は盛んに「戦後レジームからの脱却」と叫んでいた。だから本質的に「改革」することが大好きなのだろう。一方「私を軍国主義者だと思うなら、そう呼んだら良い」と言っていたのを思えば、きっとナショナリストでもあるのだろう。明らかに「右」。なのに口から出る言葉は「改革」。逆に「左」と呼ばれる人たちは憲法を「護る」と言う。保革があべこべだ。
 以前自分の改革に反対する者を十把一絡げに「抵抗勢力」と呼んだ総理がいた。「改革」に否定的な者は「守旧派」であり「抵抗勢力」だ、と。それよりずいぶん前から、選挙の度に出されるマニフェストには右も左も「改革」という言葉が載る。誰一人として、自分が「守旧派」だと思われたくないかのよう。何がそんなに怖いのだろうか。
 テレビの解説者が、演説で「大改革」が何度も語られる理由をこう話す。「外国人投資家に向けて、日本の変革を印象づけようとしているのだろう」。つまり、これまでの日本をぶち壊さなければ、外国人投資家が日本を買わなくなるということ。逆に言えば、わたしたちはわたしたちの暮らしを壊してまで日本を外国人に売るという政策を選択させられているのだということだろう。
 そのナショナリスト首相が目指す「改革」の本丸は、日本国憲法。もちろん今回それを硬派に主張はしなかった。慎重と言うにはニュアンスが違う。それを口にすることになんのためらいも持つ必要がなくなるまで、あとしばらく封印したのだ。ところで、売られる国に未来はあるのか。