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No.425 福音によって生かされる

エッセイ「多摩川べりから」
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 「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」。なんだか大仰な表題だが、これは文部科学省の「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」が報告書として2012年07月23日に提出したも。先日行われた「川崎区幼保小園長・校長連絡会」で指導主事がガイドラインを報告してくれた。インクルーシヴとは「包括的、包含する、含まれる」という意味で用いられる。
 インクルーシヴ教育とは、これまでのいわゆる「統合教育(インテグレーション)」に代わって、障害があろうとなかろうとあらゆる子どもが必要な援助を提供されながら受ける教育のことと考えられる。川崎の小学校でも個別指導教室はあるが、ここで様々な困難を抱えている子どもたちを終日教育してきたのがいわばこれまでの「統合教育」だとすれば、子どもたちがみんな自分のクラスにいて、必要に応じて個別指導クラスと自分のクラスとを行き来しながら必要且つ充分な教育を受ける方策が「インクルーシヴ教育」と言える。
 平たく言ってしまえば、「人」をどのように見るのか、その人間観が深化してきたということではないか。人は様々な個性があるが、その個性を個性として尊重されながら、不足を補いあるいは困難をサポートしていくこと。切り捨てたり囲い込むことではなく、それぞれの個性が響き合う人間の社会をつくろうとする覚悟なのだろう。
 このように見てくると、教育の目指すものはまさにキリスト教の目指す地平と全く同じだと思えてくる。「キリスト教保育」というと、何が何だか良くわからない、実態不明で定義ばかり突出した印象を受けるが、長い歴史をかけて目指してきたこと自体は、人間理解の深化に尽きるし、尽きて良いのだと改めて思う。
 福音に活かされるとはまさにそういうこと。信者獲得のことではないのだ。
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