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No.439 渋滞で吐く息

エッセイ「多摩川べりから」
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 水族館に行ってみたい、というので、先日訪ねた新江ノ島水族館に再び出向いた。
 川崎から距離にしたら40キロそこそこだが、平日にもかかわらず案の定戸塚から先は藤沢市内までだらだらの渋滞。2時間近くかかってしまう。ついこの間帰省した秋田や岩手、宮城県の仙台や石巻では、お盆中にもかかわらずイライラさせられることはなかった。向こうではキロ数と時間とは比例する。60キロ先には60分で到達できるのだ。
 フェイスブックに紹介されていた記事にこんなことが書かれていた。「税金や教育・養育などに最低限のお金がかかるのはしかたないとしても、毎月の給料が30万円ないと暮らしていけないとか、家賃を10万円払っているというような状況は、やはり間違っているような気がします。」。
 若い人を雇って事業をやっている者として、この指摘は良くわかる。彼らにたくさん支払うことは出来ないまでも、基本的な暮らしを維持できるようにと願うのだが、一人暮らしをする人たちにとって、家賃や家の管理経費は相当な負担であることは明らか。しかも多くの時間を通勤の往復に費やすなども併せて考えたら「やはり間違っている」と思う。
 都会の暮らしは華やかさで売り出される。「何か間違っている」状況であっても、それによって賄われ支えられなければ「都会」という状態を維持できない、何か根本的で何かとてつもなく巨大なシステムが、目に見えないように隠されて存在しているような、だからよりいっそう「華やかさ」を前面に出して売り出さざるをえない…そんな感覚に襲われる。
 過疎と過密は明らかに政策誘導だ。計画的に「間違っている」システムがつくり出され、「間違った」まま維持され続けている。人間性を喪失させられるプレッシャーに、いつも晒されているのかもしれない。
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