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No.441 半端ない手遅れ感の中で

エッセイ「多摩川べりから」
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 その日どうしてもその場に立ちたかった。
 30日の国会前。あらかじめ「地方から来られる方に国会前を明け渡そう」と呼びかけられていたので、わたしはJR新橋駅から日比谷公園霞門に向かった。内幸町の交差点を過ぎるとたくさんのバスが路肩に駐車している。全国各地のナンバープレートだった。貸し切りバスをチャーターして駆けつけた人たちも沢山いたということだ。
 だんだん同じ方向に進む人が増え始め、霞門前も身動きが取れなかった。「日比谷公園は使用許可を求めていない」と主催者側のスタッフがハンドマイクで盛んに呼びかけるが、集会開催前から公園にはたくさんの幟が見えた。様々な団体が既に詰めかけていたのだ。
 主催者側の発表で12万人と報告された。警察は3万3千と発表していて、運動を揶揄するネット上の人たちは明らかな水増しだと騒いでいた。だが、10万枚用意したプログラムが全部捌けてしまったとも伝えられている。それを受け取っていない人も名乗りを上げていることを考えると、ひょっとして12万でも少ない見積もりかも知れない。
 霞門の街宣車にもたくさんの人が登壇した。その中に「芸人9条の会」の古今亭菊千代さんがいた。芸は人に受け入れられてなんぼの世界。政治的なことを発言するなと大先輩からきつく言われたと話す。だが「黙っていたら何も言えなくなる」との危機感から「芸名ではなく今日は本名で叫ぶ」と。
 「牧師は政治的な発言をしてはならない」とか「キリスト教を名乗って徒党を組むのはいかがなものか」という発言が罷り通るわたしの身内はきっと特殊なのだと思っていたが、そうではないことを初めて知らされた。そして社会は、もはやそこまで来てしまっているという手遅れ感も半端ない。
 だからこそ、声を挙げる。わたしはまだ声を挙げられるのだから。
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