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No.446 「時間」を考える

エッセイ「多摩川べりから」
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 プレイデーの前日は川崎小学校のグラウンドでライン引きを行う。なんの目印もないところに四角く競技枠を設定するのはなかなか難しい。このライン引きの時に、教頭先生から体育倉庫や石灰倉庫、体育館、そして南門の鍵をお借りするのも毎年のこと。今年は教頭先生が新任の方なので、わたしの方が要領が良くわかるのもご愛嬌か。
 長女の頃からお世話になった先生が職員室前におられて挨拶する。「お子さんいくつになりました」と聞かれ、「長女が二十歳に、次女が今度は大学受験で、長男は高校受験です」と答える。この長男が1年生、次女が4年生、長女が6年生で川崎市民となったのだ。すると先生が「園長もずいぶん長くなりましたね」とおっしゃる。ちょっと目がテンになりつつも、そうかぁ、小学校は5年程度勤めたら転任するんだからなぁ、と思い直し、「9年目になりました」と答えてこれまた結構長い方か、と思い直したりもした。
 時の流れなんて誰の上にも同じ量だけ流れていくものなのだろうが、実は人は置かれた場所で時間の感覚がみんな違うのだという、一見すると非科学的、実はアインシュタイン相対性理論並みの時間感覚をこの一瞬で味わった。そうだよ、人によって9年は長いのだ。40年でも一瞬の人もいる。それでいいのだ、と。
 犬の散歩をしていると、送り出した卒園生に出会う。最初に送り出した子どもたちが今中学2年生。たくましく育っているのを見ると嬉しくなる。ライン引きの間に学童保育中の子どもたちが校庭に出てくる。この中にも卒園生がいる。引っ込み思案で在園中まともに話し声を聞かなかったのに、向こうから積極的に話しかけてくるまでになっている。それなりに十分な「育つ時間」をかけてここまで来たのだろう。感慨深い。
 教育畑に足を突っ込んだ者の特権。
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