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No.447 「記憶遺産」

 我が家の次女は「世界遺産」が大好きだ。いろいろなことに興味を持つのは親としても嬉しいことだ。日本にも「世界遺産」は結構あるらしい。そのどれもが、少なくとも経済的に所在地を潤している。めでたいことではないか。だが、その世界遺産を認定する国際機関に対して分担金・拠出金を停止すると恫喝する今のこの国の姿勢は、大丈夫か?。
 以前暮らした町に、自宅が登録文化財に指定されている方があった。ちょっとした修理をするのもいちいち文化庁にお伺いを立て、その殆どが却下され、たまに許可されても維持管理費は自腹という話を聞いて驚いたものだった。であれば、「世界」の「遺産」を維持管理するために、某かの費用をいただいて公開するなどの手段を選ぶというのはわかる。あるいは町を挙げて文字通り「町おこし」しようというのも、多少首をかしげつつも人情としてはわかる。すべては「カネ」だと言ってしまえばその通りだが、それは言わないのがオトナの対応というものだろう。
 だが、「記憶遺産」が政治利用されているという理由で、政治利用している国を批判するのではなくて、認定機関を「カネ」で恫喝する今回の事態は、やっぱりちょっとヘンではないか。
 ちょうどこの原稿を書いている16日は二出川延明さんの命日だった。「俺がルールブックだ」で有名になったプロ野球の審判。そもそも彼はルールを完全に暗唱していた上に、事実上の不具合があればその都度ルール改定をはかっていた人だったようで、その言葉には裏付けがあったのだ。何より野球において審判という仕事に高いプロ意識を持っていた人だったという。スポーツは厳格なルールの下で行われる。審判批判はいつも問題とされる。今回この国は、ユネスコにその愚を犯してしまった。そしてその愚だけが記憶される。
 別の意味で「記憶遺産」になっちゃったんじゃね(自爆)。