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No.449 おおらかさに憧れ

エッセイ「多摩川べりから」
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 「下流老人」が話題のようだ。本も売れているらしい。積極的に読もうとは思わないが、書かれていることにはちょっと、いや、かなり興味はある。「だったら読めよ」と自分に突っ込みを入れつつ…。
 週刊朝日によると、50歳で手を打たなければ先行きは下流老人だという。そのシミュレーションはこうだ。「私大に通う2人の子どもの教育費がかさみ、400万円あった預貯金も50代前半で底をついて家計は赤字に転落。退職金でいったん残高は1千万円を超えるが、すぐに食いつぶしてしまい、年金生活に入る前から残高は再びマイナスに。以降は雪だるま式に負債が増えていき、89歳で2400万円超の大赤字を抱えてしまった。」。50歳会社員、専業主婦の妻、二人の子どもという標準世帯の話し。まぁ、なんとも空寒い。
 「下流老人」では高齢者が貧困に陥るパターンを5つ挙げている。「①本人の病気や事故により高額な医療費がかかる②高齢者介護施設に入居できない③子どもがワーキングプアや引きこもりで親に寄りかかる④熟年離婚⑤認知症でも周りに頼れる家族がいない」。なんともはや、である。
 こういう危機感を煽るような記事は、つまるところ何を言いたいのかがとても大きい。「①だから自己責任を果たしなさい」なのか「②だから社会がセーフティネットをもっと充実させなければならない」ということなのか。さらに「②’そのためにもっと重税を覚悟しなさい」ということだってあり得よう。
 おおらかさはここで言われるような自己責任とは対局とされるのかも。だが、人と人との間にはおおらかさは案外重要なことではないか。人に迷惑をかけないで生きられるなんて、それ自体が幻想なのだ。
 植木等が歌ったこんな時代がうらやまれる。「銭のないやつぁ俺んとこへこい! 俺もないけど心配すんな 見ろよ青い空白い雲 そのうちなんとかなるだろう ワッハッハッハッハッハ」。わたし、ヤバいかも。
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