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No.457 祭りのあと

 クリスマスイヴに2回の礼拝を捧げ、翌25日は幼稚園卒園生たちが120名を超えて集まった同窓会クリスマス。この礼拝をもって一連のクリスマス礼拝は終了した。牧師にとってはたった一日のインターバルを置いてまたしても日曜日が来るのだが…。
 クリスマスが「終了した」と実感するあたり、まさに日本のクリスマスだなぁと思う。教会暦ではアドヴェントが終わっただけの話。これからこそが「降誕節」なのだが、もはや街の中にも、ひょっとしたら教会の中にも、そしてあろうことかわたしの心の中でさえ、クリスマスは退場し始めている。滑稽だと思うのだが、事実心はもはや年末・年始に向かっている。
 次女は22日が誕生日で、生まれたときから誕生祝いは教会のクリスマス行事に紛れてしまった思いがあったかも知れない。「普通のクリスマスがしたい」と言い出した。先日近所の別の教会のクリスマス礼拝ではしゃいできた長男もそれに加わって「クリスマス礼拝で牧師が『本当の意味を知らないで街ではクリスマスをはしゃいでいる』と説教していたのが引っかかる」と言う。そこで「普通ってどんな?」と聞いてみた。家族でちょっと豪華な夕食をするとか、仲間を呼んでパーティをするとか…、ナルホドな答えが返ってきた。
 自分が子どもの頃にはいくつも会堂を持つ教会のメンバーだったので、それこそ何度もクリスマス礼拝に与った。高校生の時は冬休み前に大勢であちこちの教会や施設や個人宅にキャロリングして回り、おやつやごちそうをいただくのが楽しかった。神学生を経て牧師になって、そういうことを「普通」として過ごしてきたので、子どもたちの言う「普通」をわたしも経験したことはない。どれがよいかという話しではなく、いろいろな過ごし方を経験できたら彼らにとってはよいことだと思った。
 本音を言えば、まぁそろそろ親をあてにするなよなぁ、ということでもある。